覚悟が出来ない…|どうやって「覚悟」を持ったらいいの?

今のじぶん

『覚悟が出来ていないんだね〜』が心にグサっと

わたしは何年も前に「1人で暮らせるようになりたい」と理想を恩人に言ったことがある。

なのに今わたしは金銭面も自分のメンタル面もまったくその理想を叶えることができるか自分を信じられずにいる。

そんなわたしのボヤキを聞いた恩人に『出会ったとき1人で暮らせる人になりたいと言っていた割に覚悟が出来ていないんだね〜』と言われた。

この『覚悟が出来ていない』に心がヒヤッとして怒りといっしょに涙も出てきた

なんでこんな気持ちになったのか考えてみた。

ひやっとしたのは『図星』を突かれたから

自分の心が揺らいだのはなぜか?

『覚悟できていないんだね〜』が図星だったからだ。

「覚悟」は自分に1番必要なことで、しっかり向き合わなきゃけないことだと心のどこかで思っているくせに、出来てない自分を認められずに無視して進もうとしていた。

自分と向き合ってる気でいて、実際は真正面から向き合えていなかった

わたしは見栄っ張りでこうあるべきだという思い込みが強いあまり、自分の不出来さを隠そうとしてしまうんだ。

見栄っ張りは弱さを隠す

見栄を張って自分の弱さから目を逸らすのはわたしの悪い癖だ。

前職に就くまでわたしは2年間、入社してすぐに辞めるを繰り返していた。

やはり当時も一歩を踏み出す覚悟も、やり抜く覚悟も中途半端だったように思う。

でも前職を応募を決めたとき、もう職を転々とするのを続けるのは、持ち前の見栄っ張りから周囲の目が気になることにも疲れたし、自分自身が社会の一員になれていないことが苦しかった。

わたしの気持ちは、かなり鬼気迫る状況にあった。

「出来ること」という持ち物がない当時のわたしは不安でいっぱいだったけど、「出来ないだらけを受け入れて、ここで長期的に働くことを目標にする!」と諦めて腹をくくった

入社後、業務内容も自分に合っていたし、人間関係にも恵まれていたことも大きかったけど、出来ないだらけの時期をまあまあなパワープレーで乗り越えて、結果6年間働くことができた。

面接に応募したとき、わたし自身の感覚は「消去法で諦めて決めた」だったけど、案外「覚悟を決めた」に近かったのかもしれない。

「諦めて決めた」は「覚悟を決めた」だった

『覚悟が出来てないんだね〜』はわたしにとってかなり痛い言葉だったけど、一歩踏み出すのが怖かったわたしがどうやって進んだのか、出来ること増やした過去のわたしを思い出させてくれたありがたいお言葉だ。

「諦めて決めた」=「覚悟を決めた」あと、進み方はかなり力任せだったけど、新しいことに立ち向かうには力技も必要なのかもしれない。

メンタルも体力もへなちょこだから、「パワープレーと根性で乗り越えます!」を避けようとしてしまうわたしだけど、山超えるのに必要なことだと腹をくくるしかないな。

わたしは自分の気持ちを過不足なく捉えることが苦手で、腹をくくることもとても苦手なんだけど、

これでもかというくらい考えて、「腹をくくった!」と自分で断言できるまで思う存分悩み苦しみなさい、わたし。

そうやって「覚悟」が決まった後のわたしは割としぶとく働いていたんだから大丈夫。

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