抽象的な「理想」と 現実的な「目標」
私はとにかく理想的な考えが先行しがちな、脳内ふわふわ人間だ。
それに加えて現実を見極める力もめっぽう弱い。これが相まって、「理想」を「現実的な目標」に変換することが破滅的に下手だ。

ここで使う「身の丈を知る」というのは自分を小さく見せることではなく、今の自分を大切にする手段だと認識してほしい。
では、どうして「身の丈に合う選択」が大事だと思ったのか…それは2つの失敗談からだ。
理想だけを詰め込んだ志望校選び
1つ目は大学の志望校選択。
私は小学生のとき人間関係をうまく築けなかったことで、同級生といるのが苦手だった。それが理由で地元を出たかったので県外の学校を志望した。しかも自分の実力に見合わないくらい高い偏差値の大学だった。
そもそも選択の仕方もはちゃめちゃで無相応なのだが、合格するためにどう計画し努力すればいいのか考えることも出来ていなかった。「今の自分」がどういう状態なのかがわからないから、具体的な目標を立てれない。目指すべき目標が立てれないままだったから、何をしたくて大学に進むのか迷子になり、考えることすら放棄してしまい、最終的に大学進学は失敗となった。
身の丈知らずなバイト探し
2つ目は進学失敗直後のバイト探しだ。
大学進学を失敗し、無職のままではダメだ!働きにでなきゃ!と焦るも、ここでも身の丈を知らないことで失敗の選択肢ばかり選んでいた。の
「洋服好きだしアパレルやってみたい!検索すると派遣にいっぱいある!登録に行こう!」という短絡的な理由で派遣登録に行った。
バイト未経験、人との付き合い方・関わり方に不安がある人間が、だ。
派遣会社で取り扱う求人はフルタイムのものが多い。当時の私には就業は現実的ではない。
その時のアドバイザーさんに「バイトから始めた方がいいと思います」とはっきり言われ面談が終了したこともあった。(はっきり言ってくださったこと、今では感謝しかない)

こんなことを繰り返して、できない自分という現実に直面し、持ち前の自信のなさから自分そのものが否定されているようにも感じ、ますます自信がなくなって前に進むこと自体出来なくなっていった。(結果、高校卒業から2年間定職つけずになった…)
とにかく当時は周りと比べる思考が強く、プライドの高さだけは一丁前だったため、実際の自分のキャパを無視して非現実的な選択をしていたことが全ての原因だと今では思う。
それに壁を作って人との繋がりを拒絶して自分の殻に閉じ籠り、周りに困ってる!力を貸してほしい!と主体的に頼ることもしていなかったから、設定間違えてない?と指摘してくれる人も一緒に考えようと助けてくれる人も現れなかったんだ思う。(人を頼るのって大事だけどむずいよね)
失敗を経て感じる「身の丈を知る」の大切さ
「身の丈を知る」ことは自分の頭でぐるぐる考える想像だけでは知れない部分もある。人と関わることで、自分の足りない部分をカバーする方法を人から学んで、自分の中に落とし込んでコンプレックスを薄くすることもできる。1人で知ろうとすると自己否定が強くなってしまうので、人との関わりを通して身の丈を知ることは、自分で自分を責め過ぎないことにも繋がると私は思う。
身の丈を知ることは、自分の不出来さとも向き合うことだ。
目を逸らしていたことを直視するのはとても苦しいし、受け入れるのにも時間がかかることだけど、今の自分を大切にすることに繋がる。身の丈に合った選択は地味に見えても着実に進める強さだ。




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